BODYMAKER×アスリート(18)山本優弥

インタビュアーの緊張した様子を見て、「一緒にインタビューを作っていきましょう!」と場を和ませてくれた山本優弥選手。明るいキャラクターの中に秘める格闘家としての炎、インタビューから垣間見ました。



山本優弥(やまもとゆうや)

1984年生まれ。広島県出身。
K-1 WORLD MAX 2009世界トーナメント第3位。
K-1 WORLD MAX 2009&2011日本トーナメント準優勝。
第23代全日本ウェルター級王者。
2001全日本新空手K-2軽量級王者。
Booch Beat所属。
BODYMAKER サポートアスリート 山本優弥
山本優弥選手 公式ブログ(外部サイトにリンクします)




リングの上で「山本優弥」という人間を表現したい
―3月6日(金)~3月8日(日)ワイアールジャパン×スターダムプロモーションプロデュース「SPLIT DECISION 2」 という舞台に出られましたね。初の舞台、出たいきさつは?
石川直生選手の舞台出演が決まっていたんですが、舞台3日間のうち1日だけ石川選手が出れず、「優弥出てみないかね?」と誘ってくれたんです。僕はいろんなことに興味があるので、「やったー!」と。僕でよければ、ということでありがたく出演を決めました。出演する僕を、わざわざ見に来てくれた方々がいてとても嬉しかったです。

─どういうストーリーだったのでしょうか?
ボクシングを題材にした物語で、主役ボクサーの相手役であるチャンピオンボクサーの役でした。ゲスト出演という形で、人物像が既にある役ではなく、僕たちにしか出せないチャンピオンを演じて欲しいという役です。前半2日間は"石川直生"、後半千秋楽は"山本優弥"でした。全部で5公演あったのですが、どれも違う作品になったと思いますし、リング上とは違う場所においてたくさんの人に見て貰えたことをありがたく思いました。

─演劇ということで、格闘技や山本選手を知らない人も見に来ていましたよね。
そうですね。演劇ファンの方々にしてみれば「山本優弥って誰?」という感じだったと思うんです。でも、閉幕後に僕は出口でたくさんのお客様をお見送りし、感想を聞くことを意識させてもらいました。「とてもカッコよかったです」「今度試合応援に行きます」「舞台を見に来たけれど本物の格闘技も見られて、得した気分になりました」などいろんな声をもらいました。クールでヒールな役を演じさせてもらったこと、演劇を見に来てくださったお客様とお話しをさせてもらったことから、たくさんのことを学びました。キックボクシングだけではなく"山本優弥"という人間として、舞台でも見てもらえたことをとても嬉しく思います。BODYMAKERさん含め周りの方々にはいつも、いろんな人と出会う機会を作ってもらっていて、とても感謝しています。

BODYMAKER×アスリート(18)山本優弥
─いえいえ!こちらこそ、山本優弥選手を通じてさまざまな経験をさせていただいています。
BODYMAKERさんと言えば、僕、サウナスーツで減量しました。

─去年の試合前の減量で、サウナスーツを使い込んでいただきました。
まず「これすごいかっこいいなー!」と思いました!僕、普段あんまりサウナスーツ着ないんですが、今回はこれで減量に励みましたね。鏡を見てシャドーするときなんか、自分の色が鮮やかだったらヤル気になるじゃないですかー?(笑)身体は気持ちから作っていくものだと思っているんで、色やタッチを大事にしています。着苦しくないのがいいですね。汗もかくし、普通のウェアとしても着られる。デザイン性も機能性も本当に高いものだなぁと思いました。明るい色の黄色と緑が好きです。気持ちが明るくなりますからね!


BODYMAKER×アスリート(18)山本優弥
─サウナスーツ、褒められて嬉しいです。他にBODYMAKERアイテムで使っているものはありますか?
ケトルベルを使わせてもらってます。初めは、ケトルベルとは一体何なのか知らなかったんですけど、「JBスポーツボクシングジム」のフィジカルトレーニングチーム「黒船」で教えてもらっていますね。重さは全種類あります。パッと見、ただの丸い形の鉛なんですが、工夫してやることで身体が全然変わりましたし、厳しい練習を賢く面白くできるんです。
─面白く?
複数人でやると盛り上がりますよ。みんな頑張ってたらやれますよね。ワーワー言いながら苦しんで面白がってやっています(笑)東池袋の「尾下塾」で指導しているフィットネスクラスでも使います。8kgとか4kgとか軽いケトルベルは女性も使いやすいです。興味が湧いて効果が出ないと僕自身も面白くないんで・・・ケトルベルを面白いと思えるようになった自分が好きです(笑)。

─ケトルベルをネタに使ってくださっています(笑)。山本選手は話を膨らませるのが本当に上手ですよね。ニコニコチャンネルのKrush生放送、山本選手が出演されたときも、話が面白くてずっと見ていました。
そうですか!プロデューサーとスポーツライターが上手く進めてくれながら、ゲスト選手がおしゃべりする番組です。僕は子供の頃から空手を始めて17歳でプロデビューしたんで、大人の方と触れ合う機会が多かったんです。昔からいろんな方にいろいろ学ばさせてもらっていますので、メディアに出るときも自分の思いを自分の言葉で表現できるようになっているつもりです。ちゃんと伝わっているとは思わないですけど(笑)「こういうやつもいるんだな」って思ってもらえると、"山本優弥"として生きている価値が少しあるようで嬉しいです。

─17歳ということは高校生の時です。
はい、高校2年でプロデビューしました。今30歳なので、格闘技歴は20年になりますね。10歳の頃、体育館でやっている空手を友達に誘われて見に行ったのが始まりです。空手の先生が大人向けにキックボクシングを教えていたので、「ほんとに強いのはこっちじゃけぇこっちやってみんか?」って声をかけてもらって中学生の時に転向しました。先生の言うことは絶対だったので、普通に「押忍」って。


BODYMAKER×アスリート(18)山本優弥
─10代でのデビュー、すごいですね。
今でこそ若い子のデビューはありますけど、当時は珍しかったみたいで、いろんな方が注目してくださいました。勝つことや負けることを含め、いろんなことを学びました。

─子どもの頃は練習がどんどん増えるのが嫌だった、と振り返っておられます。
空手を始めた頃は、少年の部で夕方6時から7時半まで、月曜日と金曜日の週2回でした。地方の試合に出て優勝もして「それでいいかなー」と思ってたんですけど、次に全日本大会に出たときに「全国にはこんな強いやつがいるんだ!」って思い知らされました。あの人たちに勝ちたいんだったら週2回の練習じゃだめだ、と。「週3回やるぞ」と先生に言われ、「やります」と返事しました。そうやって次第に練習が増えて、最終的に週6回になりました。「先生がやれって言うからやる」から始まったんですよ。先生の言うことは絶対なので、「自分からこうしたい」とは言ったことも思ったこともなかったです。そんなに嫌でもないしそんなに嬉しくもないけど、先生のことが好きだし、親も協力してくれる。「これはやるべきなんだろうな」って思ってやっていましたが、家族と過ごす時間が減るので毎日の練習は少し嫌でした(笑)今は縛られていない分、選択する厳しさを感じながら、自分でいろいろ考えてやるようになりましたね。

─いつ頃からご自身の意思でされていたんですか?
空手の先生の元を離れたのは20歳のときですね。そこから「Booch Beat」(ブッチビート)を結成しました。専属のトレーナーさんがいるわけではなく、いろんな人のいいところを吸収して、"習う"から"学ぶ"の姿勢に変えることが出来ました。すべてを参考にしていこうという気持ちになりましたね。

─「自分に必要な練習は何か」考えてやっているんですね。
自分のためになる練習、試合に勝つための練習を選択してやっていっているつもりです。やめようと思えばいつでもやめられる状況ですが、好きだから続けています。苦しいことやつらいことすらも前向きに楽しめる仲間がいて、それを支えてくれる周りの方々がいます。立ち上げ当時からのBooch Beatに残っているのは僕と寺戸くん(寺戸伸近選手)だけなんですよね。

─尾道から続いているんですね。
そうですね。BoochBeatはチーム名です。常設のジムは無く、それぞれが「自分に必要だ」と思う場所を選択して練習しています。もちろんチームでも練習しますよ。


BODYMAKER×アスリート(18)山本優弥
─互いを助け合う仲間、といったところでしょうか。
それはありますね。僕らは個人の集まりという感じなんですよ、みんな個性が強いし。試合になったらみんな情熱的で、「その気持ちを共有できるチーム」という方が近いかな。Booch Beatのみんなは普段は穏やかで、決して相手を脅したり睨んだりする人間ではないんです。でもリングに上がったら、他の人にはない情熱を見せることが出来るというか。人間味を醸しているのか、深みがあるのか、Booch Beatはファンの方に愛されるチームになったな、と思いますね。

─先ほど話にも出てきた、フィジカルトレーニング「黒船」という集まりにも参加されていますね。
マンガ「はじめの一歩」(少年マガジン)の作者の方が、「JB SPORTS ボクシングジム」を運営しているんです。そこの山田トレーナーが、ボクシングだけに留まらず総合格闘家・キックボクサーも指導してくださっていて。強さを目指す人たちが集まっています。考えられないほどのキツイ練習をやりますが、そこでしか学べないことがたくさんあり、お世話になっています。

10代は同じ空手道場でずっと練習を続けて、20代は逆に拠点を決めずにいろいろな人から刺激を受けながら練習してきました。同じことを継続する良さ、と新しいことをどんどん探す良さを両方経験出来ていると思っています。何をやってもためになるし楽しいです。

─「リングの上で山本優弥という人間を表現したい」とも言っていましたね。
「試合頑張るので、お願いですから見に来てください!」なんて言うことはありません。自分が好きでやっていることなんで、見たくない人は見に来ません。「こいつが出るなら見に行こう」って思ってもらえるような人物に、僕はならなくてはなりません。"試合が10試合あって、出場する20人の選手のうちの一人"ではなくて、"こいつしか出せない気"ってものを見てもらえるようになりたいです。それには自然でいることが必要だと思っていますし、その自然を高めていくことが、たくさんの人に見てもらえることにつながるとも思っています。おそらくみんな、変わったものを見たいんで、変わったことをやっている僕らを観に来てくれるんだと思います。見てもらえることは幸せなことで、ユニークな人間でいられるのは幸せなことです。もちろん単なる変わり者だったらみんな離れていっちゃいますけどね(笑)。"平衡感覚は保ちながらの個性発揮"といったところです。

─2月6日の後楽園ホールの「Krush.51」、惜しくも負けました。偶然にも10年前の2005年2月6日、同じ後楽園で試合していたんですよね。10年の月日が経って同じリングに立っていた今回の試合を振り返って、いかがでしたでしょうか。
調子は最高に良かったんですけど、結果として勝つことができませんでした。いろいろと感じるものはありましたね。同じようなことは今までも感じられることがありましたけど、その時のことはその時の自分しかわかりません。自分にしかわからない感情を噛み砕いて人に響かせることが、経験する意味だと僕は考えます。「いい経験をさせてもらった」と思えるようにまたこの先生きていきます。

─ケガを最近よくなさっているとか。
故障が多くなりましたね。これも含めて面白いと感じるようにするしかありませんよね。今年に入って財布を無くし、電話を無くし、その他諸々あります。あ、財布は出てきました!でも電話は出てきません・・・僕の日頃の行いが良ければ出てくるんだと思います(笑)。

BODYMAKER×アスリート(18)山本優弥

─いつもポジティブですね。いつもニコニコして。
そうですか!?そう言ってもらえると嬉しいですねー!人とは違う経験をさせてもらっているおかげです。嬉しい・楽しいという感情は、人一倍感じていると思います。リング上では人を殴って蹴っていますが、リング下ではいろいろな人や自分自身が幸せになることを願っています。やってることは全く違うように見えて、実は全てが一筆書きで繋がっています。たくさんの感覚を意識して、自分を形成しているつもりです。

─意識的に自身を作っているんですね。
僕はずっと人に見てもらえる立場にあります。「山本優弥を見ると元気が出る」と思ってもらえた時の喜びって、すごく大きいんですね。みんなが笑っていると嬉しいし、それを見たら僕も笑顔になります。そうなるように振舞うのがクセになっているんだと思います。きれいごとじゃなく、周りに支えられているから今があります。どんどんいい方向に、自分の価値を磨いていきたいです。





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