BODYMAKER×アスリート(20)奥田啓介

アントニオ猪木氏率いる「イノキ・ゲノム・フェデレーション(以下IGF)」の奥田啓介選手。プロレスラーとしてデビューするまでの格闘技人生を語っていただきました。



奥田啓介(おくだ けいすけ)

1991年生まれ。三重県出身。
小学校時代、極真会館OSAKA's CUP優勝。
レスリング全国高校生グレコローマン選手権大会84kg級第3位。
GENOME戦績 18戦2勝13敗3分。
IGF所属。
奥田啓介選手 公式ブログ(外部サイトにリンクします)




人生一回きりなんだから、プロレスをやりたい!
―奥田啓介選手、いつからプロレスに憧れていたんですか?
初めてプロレスを見に行ったのが小学二年生の時でした。観客が何千人もいる中で、たった二人だけがリングで試合して目立つなんてカッコイイ!と思いましたね。強いものに憧れるんですよ。僕は小学生のとき寛水流空手をしていて、「極真会館OSAKA's CUP」優勝もしました。中学校のときにレスリングを始めて、高校ではあまりいい結果は出なかったんですけど、大学でだんだん芽が出てきて、1年生の冬に代表選手として海外で練習していました。拓殖大学では、昔から憧れてた須藤元気監督が指導していました。僕がプロのリングに上がりたいと相談したら、「学生生活とプロレスリング、どっちもやるのはなかなか難しい。大学を卒業してからでも遅くない。俺がおまえを絶対に強くしてやるから」と言ってもらって、大学時代はアマチュアのレスリングをしっかりや りました。

─海外でも練習されたんですね。
アメリカの選手と練習したんですけど、全然動かないんですよね。全く歯が立たない。そこで世界の強豪に揉まれました。日本国内では、インターカレッジでいつも負けて2番だったんですよ。それでも世界選手権の試合に出るためにがむしゃらになって、勝ちには貪欲でした。そして大学4年の大晦日、IGFから再度プロデビューさせてもらいました。

─「再度」プロデビューというのは?以前プロのリングに上がったんですか?
僕が高校生のとき、プロレスラーの城アキラ選手が対戦相手を公募したんです。昔からプロレス好きだったんで、応募したんです。「俺にやらせてください!!」って事務所に電話したけど、相手にされなかった。それから一週間ずっと応募の電話をし続けました。すると、本当にマッチメイクしてくれたんです。高校生の時にプロ選手相手に戦ったことがあるって、なかなか貴重ですよね。

─なるほど。大学4年生のときにプロとして再デビューし、それからはどうでしたか?
大学生のとき84kg級世界選手権で8位になったんです。それを知ったある薬品会社が「根性あるな!スポーツマン歓迎だ」って言ってくれて、大学卒業後に就職したんです。社会を知るために入社した方がいいという両親の後押しもありました。ちょうど去年の今頃、製薬会社で営業していましたね。でも僕にはプロレスしか無いな、これまで極めてきたものを捨てるのはもったいない。人生一回なんだからやらなきゃだめだ!と思い直し、一か月で退職しました。僕の人生、格闘技しかないですね。

─安定した職業を捨て、いばらの道に挑んだわけですね。
自分の夢はやっぱりあきらめられないですからね。営業時代、会社で業務日報を書くんですが、上司に修正するよう言われて2~3時間かかりました。文章を書くのがどうも苦手なんですよね。同期のみんなは夕方6時退社なのに、僕だけ9時退社でそれから筋トレという(笑)。

BODYMAKER×アスリート(20)奥田啓介
─奥田選手、いまのインタビューはスラスラ言葉が出てきていますよ。
書くのは苦手でも、喋るのは好きなんです。うーん、英語より日本語の方ができないかも(笑)。大学時代はレスリング留学をしていて、英語が出来ないと暮らしていけなかったからね。1~2か月でロシア、ハンガリー、アメリカ、と各国転々としていたんですよ。「トレーニングしたい」って言えば、いつかスパーリングさせてもらえるだろうと思ってたんですけど、ずっと筋トレメニューをする日々だったんです。おかしいなーと思っていたら、スパーリングって英語では「プラクティス」って言うと分かり、やっとスパーリングできた。もっと早く気付けばよかったなあ(笑)。練習するなら「トレーニング」「プラクティス」この二つがあれば大丈夫(笑)。

─いざ好きなプロレスの道に飛び込んで、それからはどんな生活でしたか?
退職してから、IGF社長が経営している飲食店で働かせてもらいました。副店長として働き、トレーニングは兼業でしたね。その生活が一年近くになったとき、プロレス一本でやってみたいと思ったんです。社長に頼み込んで、「お前が言うならやってみろ」と送り出してもらったんです。この4月から職業はプロレスラー一本になりました。

─プロレスラーになるという夢が現実になったんですね!一日中練習し放題でしょう。
今は練習時間が充分ありますね。毎朝6時から5~10km走って、アサイーボールを食べて、2時間休憩して、筋トレをして。午後は曜日によって柔術やったり、キックボクシングやったり、ボクシングやったり、専属のコーチについてもらいます。朝ランと筋トレは大学卒業後ずっとやっています。

─筋トレで思い出したんですけど、ケトルベルでトレーニングしているそうですね。
家にあるんですよ。16kgと20kgをもらったんです。こうやって練習しているんですけど、ほんとキツイんですよね。20回5セットやるんですけど、最後3セット目で「今日はもういいや、明日7セットやればいっか」って。最近、ケトルの宿題が溜まっていますね・・・しっかりやります(笑)。

BODYMAKER×アスリート(20)奥田啓介
─練習を先延ばしにしている(笑)。でも、BODYMAKERアイテムを使って大きくなった選手がこうやって目の前にいること、嬉しいです。
寛水流空手をやっていた頃から、BODYMAKERを使っていました。ベンチは昔オヤジが注文してくれて、今でも実家にあります。オヤジは格闘技してこなかったのに、僕とマンツーマン練習してくれて。でもね、小学生のとき、良くない試合内容で負けたら、会場に置いてけぼりにされたんですよ。歩いて帰れと。会場は大阪で、家は三重県。どこ探してもオヤジがいないんです(笑)。結局お母さんが迎えに来てくれたり、知り合いに送ってもらったんですが、オヤジに対して「空手やってみろよ!」っていう気持ちになりましたね(笑)。大阪だけじゃなく、浜松市や豊田市でもありました(笑)。

でも、プロになった今、僕が出る試合チケットをオヤジに渡すじゃないですか。なのにオヤジ、絶対受け取らないんですよね。「俺はお前の一番のファンだから、チケットは自分で買う」って、それで試合を見に来るんですよ。嬉しいなーと思いますね。

─お父さんかっこいい!
プロになったもの、両親や先生、マネージャー、周りの人のおかげです。毎回の試合が恩返しです。今回の試合でもいいものを見せたいんですよ。「皆見に来てくれてありがとう。『奥田、見に来たぞー!』って観客席から叫んでね!」って頼んでおくんです(笑)。

─声援が多いと励みになりますからね(笑)。女性ファンの黄色い声援はあるんですか?
僕ね、それを目指しているんですけど、男性ファンが多いですね(笑)。関西弁バリバリギャル歓迎です(笑)。

─例えば誰かを指導することはありますか?
一か月に一回は母校に教えに行っています。僕が高校生のときプロ選手からいろいろ教えてもらったことが、今の糧になっていますからね。当時「プロの選手とスパーリングしてたら、お前の目、キラキラしているよ」と先生に言われたのを覚えています。今、それが自分に出来てたらいいなと思っているし、生徒と接することで逆に学ぶ事もあります。やりがいありますよ!

僕は試合前に母校に行き、学生時代に使っていたベンチプレスで筋トレします。僕、こう見えて繊細なんで、体育館の暗い倉庫で三角座りして、ずっと一人で気持ちを落ち着かせています(笑)。そろそろ試合だっていうふうに気持ちを切り替えるんです。

BODYMAKER×アスリート(20)奥田啓介
─確かに外見とは裏腹な行動に見えます。
リング上では誰にでも突っかかっていくキャラクターなんですよ。去年8月、両国の「IGF2」で対戦したスーパー・タイガーとの一戦は小生意気に突っかかっていきました。顔にくらって負けたんですけど、8か月経った今、僕は成長しています。2015年4月11日「IGF3」が両国で開催されるんですが、同じ相手と対戦することになりました。やるべきことをしっかりやって、虎ハンター啓介として挑みます。スーパー・タイガーはリアルジャパンプロレスのチャンピオンなんですけど、IGFのリングにそんな簡単には立たせねえぞ、と。GENOME(ゲノム)三銃士として気合い入っています。

─GENOME三銃士について教えてください。
昔、新日本プロレスで蝶野正洋さん、橋本真也さん、武藤敬司さんが闘魂三銃士として戦っていました。現代版が無いってことで、猪木会長直々の指名で、「本当の闘魂を受け継いでいるのは俺らだ」と結成しました。僕・奥田啓介と、橋本真也さんの息子・橋本大地選手と、中国人のワン・ビン選手です。

─GENOMEルールとはどういったものですか?
猪木会長の言う「プロレスルールであろうと、MMAルールであろうと、戦いの原点なんだから分けて考えなくていい。入れたい技を入れる」ルールですね。

今回の試合、ワン・ビンは誰と対戦するか分からないんです。猪木会長がいつも言うのは「一寸先はハプニング」で、当日まで対戦相手を知らないことはしょっちゅうなんです。僕らがやってるのは本当のプロレスで、戦いが原点なんです。リング上ではお互いの力を出し合い、勝ったやつが強いし負けたやつが弱い、ただそれだけです。強さを貫き通せるリングがIGFだと思っています。

─試合について意気込みを語ってください。
プロレス・澤田敦士選手は小川直也さんの弟子で、僕はその澤田選手の一番弟子です。澤田さんに泥濡れないし、弟子っていうプライドもあります。一度やられてる相手なんで、今回ガーって攻めます。日々強くなっていると僕自身実感していて、動物園にタイガーを送り返してやる!そんなつもりです。

BODYMAKER×アスリート(20)奥田啓介


【IGF3】

GENOMEルール 15分一本勝負

奥田啓介 vs スーパー・タイガー


日時:2015年4月11日(土) 17:00開場 18:00開始
会場:東京・両国国技館
IGF3(外部サイトにリンクします)


「GENOME三銃士」橋本大地選手、奥田啓介選手、王彬(ワン・ビン)選手のサイン会も予定されています!
サイン会:大会休憩中(第4試合終了後予定)







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